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​神様の仕事

 

神様は思っていたよりも適当なやつだった。

 

多数決がこの不条理の正体で、それこそが正義なら、きっと私達の世界は平和にはならない。電話が鳴る度に、心をナイフで刺されたみたいな感覚に襲われる。やましいことがあるとか、ないとか関係なく、突然鳴ったことに驚いたわけでもない。その無機質で、一定のリズムと音程によって作られた冷たい音が、私はとても怖かった。殺人犯の心臓の鼓動は、こんな音をしているのかもしれない、なんて馬鹿みたいな想像をする。

私はいつものように、心の中でだらだらと意味のない論争を繰り広げながら、そっと日記を開いた。

 

『遺書』

遺書というものは、本当はこんなものに書くべきではないとわかっています。ですが、この世に私の何かを残すとすれば、ここ以外の場所が想像できませんでした。どうかお許しください。

 

この文章を読んでいるあなたへ。

お元気ですか?

この質問に無理に答える必要はないです。

答えたくないこともあるでしょうから、そう言ってくれるような優しさが欲しかったのかもしれません。

私が夢見た優しい世界は、とうとうどこにも存在していませんでした。

どこへ行っても、誰と話しても、みんな自分が大事で、自分だけが大事で、でも私も同じで、だから嫌気がさしてしまったんです。

私なんか死んだ方がいい。いや多分、私じゃなくてもいいけど、私一人が居なくなったくらいじゃ世界は変わらない、私なんて有名人でもないから、きっとニュースにもならない。

明日の朝流れているのは、あの人気バンドのボーカルの不倫騒動かもしれない。

そんなどうでもいいことの方が、私の命よりもこの世界では優先される。

普通からはみ出してしまったら、得体の知れない何かによって、無言で排除されるということ。

学校だとクラスから、大人になれば社会から、世界から、普通じゃない私達は。

 

「おつかれさまでした。」

「今までよく頑張りましたね。」

天国か地獄か、よくわからないところから声が聞こえた気がした。

 

神様から連絡が来たのはつい先程のことでした。

残業が終わって、家について靴下を脱いだ辺りのことです。

聞きなれない着信音に不思議に思い、恐る恐る携帯を開くと画面には非通知と書かれていました。

いつもならそんな着信は無視して一度なかったことにするのですが、何だか嫌な胸騒ぎがして、私は誰かに操られたみたいに、その着信に出てしまったのです。

 

「こんばんは、Aさん。お仕事お疲れ様です。初めまして、ですね。厳密には、私はずっと前から、あなたのことを見ていたので初めましてではないのですが。なぜかって?そんなの決まっているじゃないですか、この世界を見守ることが神様の仕事の一つですから。これでも真面目にやっているんです。おっといけない、あまり時間がないのでした。今夜は9人も回らないといけないので忙しいんです。さっさと本題に入らせていただきます。」

 

正直、はじめはまるで信じていなかった。

でも、いつの間にか神様を名乗るその男性の声を、私は信じてしまっていた。

この感覚は言葉じゃ上手く説明できない、それが少し悔しい。

 

「あなたは2時間後、つまり今夜24時ちょうどに、死んでいただくことになりました。本当にごめんなさい。」

思えば具体的な理由ははぐらかされた気がする。

神様の会話は、遠回りに遠回りを重ね、挙句の果てに普段の業務の愚痴まで零し初め、そこでようやく自分で気づいたようで、

「話が逸れてしまいましたね。ごめんなさい。とにかくあなたは、あと1時間半で死んでしまいます、なので遺書を書いておくことをオススメします。それをお伝えさせていただきたくお電話致しました。24時に使いの者がAさんの元を訪ねます。ちゃんとドアは開けてあげてくださいね、でないと死ぬことよりも酷い目に遭ってしまい兼ねますので。ではでは。今日まで生きていてくれてありがとうございました。お世話になりました。失礼します。」

 

遺書を書き終えた私は、時計を見ながら考えていた。

やりたいことは、たくさんあった。

テレビ番組で見た、あの高級レストランでご飯を食べてみたいとか、結局行けなくなった一人旅のリベンジがしたいだとか、一度でいいから、あの人の隣を歩いていたかったとか。

この先の私の人生、ただ真っ暗なだけではなかったはずだ。

でも、もう全て叶えられない。

 

ピンポーン。チャイムの音が鳴った。

なるべく明るいことを考える。

神様の使いってどんな姿をしているのだろう。

なるべく明るいことを考える。

天国ってあるのかな、いいところだったらいいのに。

なるべく明るいことを考える。

私、この世界に生きていてよかったのかな。

ドアを開けるとそこに立っていたのは、どこかで見たことのある、懐かしい顔をした少女だった。

「お迎えに参りました。」

彼女は笑って、そう言った。

「うん。ありがとう。」

私も笑って、そう答えた。

 

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「今朝のニュースです。東京都内で昨晩、連続殺人事件が起きました。警察の情報によりますと、一晩で9人もの殺人を行った犯人は未だ見つかっておらず、現在も逃走中であるとのことです。」

殺風景なワンルーム。

テレビの画面を見て、神様は満足そうに笑った。

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